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南三陸ワイナリー株式会社 代表取締役

佐々木 道彦さん

Michihiko SASAKI

農家

阿部 博之さん

Hiroyuki ABE

ブドウの木とともに地域に根付く、
新産業の核となるワイナリー

2020年秋、南三陸町にワイナリーが誕生した。初の町産ブドウで醸したシャルドネはあっという間に完売。今後への期待は大きい。他の酒よりも「産地」が語られることが多いワインは、土地の食べ物と合わせてこそ楽しみが広がる。つまり原料栽培から飲食業、そして生産地を訪ねるワインツーリズムまで、裾野の広い地域の一大産業となる可能性を秘めている。しかし、そこには長期のビジョンとコミットメントが必要だ。南三陸ワイナリーはIターン起業者、佐々木道彦さんの覚悟と努力に加え、彼に土地を提供した阿部博之さんら地元有志の賛同と応援があってこそ成功したプロジェクトだ。ワイナリー生みの親である二人の話を伺った。

ワイン造りという新産業を生み出した南三陸ワイナリー

対談はブドウ畑で行われた。南三陸町入谷地区にある30アールの畑は、この地で代々農業を営む阿部博之さんの土地だ。500本のブドウはワイン用のシャルドネという品種。収穫された果実は、町の志津川地区にある南三陸ワイナリーで醸造され、町産ワインとして出荷される。経営者は2019年に町へ移住し、翌年ワイナリーを立ち上げた佐々木道彦さんだ。佐々木さんに、阿部さんとの関係をどう表現すればいいですかと尋ねると、二人は顔を見合わせて笑った。

「そうですねぇ、阿部さんは最大の応援者、かな」

南三陸ワイナリーの誕生物語は、新事業創出の好事例、あるいは移住起業者の成功例として、すでに多くのメディアに取り上げられてきた。プロジェクト開始から自社醸造のワイン発売までわずか3年余り。特に、佐々木さんが2019年初めに地域おこし協力隊員として着任し、本格的に関わり始めて以降は、会社設立、委託醸造のワイン発売、ブドウ栽培面積拡張、醸造所完成、ショップ&レストラン開業と、とんとん拍子の展開を見せている。

 

オリジナルブランドのワインは既にコンクールなどで2度受賞。町内戸倉地区の漁師と組んだ海中熟成ワインや地元食材とのマリアージュを楽しむイベントなど、絵になるコンテンツも豊富でニュースには事欠かない。

しかし、南三陸ワイナリーが話題を集めるのは、単に目新しい取り組みだから、だけではなかろう。佐々木さんは30年後の地域の姿をビジョンに描き、裾野の広い産業育成の核としてワイン造りを位置づける。その「本気度」が、阿部さんら地元の人々の心を動かし、賛同者を集め、成功につながってきたのだ。

初めて滞在した南三陸町で豊かな食材に感動

「ワイナリーなんて簡単でねぇぞ。まずカネがかかる。家族もいるのに、よくよく考えた方がいいぞ」

阿部さんは2018年夏、初めて会った佐々木さんにそう言った。町の移住支援センターが主催した1泊2日の移住体験ツアーでのことだ。

既にその前年、南三陸ワインプロジェクトはスタートしていたが、初期メンバーによる運営は難航していた。そもそも、阿部さんが取引先の秋保ワイナリー(仙台市)からブドウの木を寄贈され、それを自分の畑に植えたのが話の発端だったことから、阿部さん自身も支援は続けていたものの、成功するかどうか懐疑的だったという。

そのワインプロジェクトで本格的な事業化を担う新メンバー(地域おこし協力隊)を募集していることを知った佐々木さんが、応募を最終決断する前に参加したのが、上記の移住体験ツアーだった。そのとき佐々木さんの住まいは仙台市。南三陸町に知り合いは誰もいなかった。そのツアーで、先輩移住者だけでなく阿部さんのような地元の人たちと出会い、思いを聞けたことは大きかった、と振り返る。

「それに、とにかく食べ物がおいしかった。ワインは食中酒ですから、食事がおいしくないとワインが引き立たないんです。南三陸産の食材だけでフルコースができるくらい、山海の幸に恵まれていることに可能性を感じました」

もともとワインは好きだったが、将来まさか自分で醸造するなど思ってもいなかったという佐々木さん。東北とつながるきっかけは、2011年の東日本大震災だった。当時は静岡県浜松市で大手楽器メーカーに勤務していたが、ボランティアとして被災地へ通ううち、この地の復興に関わりたいと思うようになる。まずは仙台に転職先を探し、2014年、家族とともに移住した。

ワインを使った地域振興の可能性に目覚めたのは、仙台の会社でワイングラスの商品開発に携わったのがきっかけだった。各地のワインイベントに行くと、ゲストもスタッフもみな嬉々として産地を語り、地元の食材の話で盛り上がる。そんなワインを自分でも作りたい――。そこから佐々木さんの挑戦が始まった。

熱い思いと周到な準備、正直さが協力者を生む

もちろん、簡単でないことはわかっていた。通い始めたワインスクールからも「最低2年は修業が必要」とクギを刺された。南三陸ワインプロジェクトを知って応募しようとしたときは、周りから大丈夫かと心配され、地元の阿部さんからも「よく考えろ」と言われた。それでも揺るがなかった佐々木さんには、どれほどの自信があったのだろうか。

「誰もやったことのないことをやってきた、という自信だけはありました」

楽器メーカーで長らく新商品開発に携わってきた佐々木さんには、マーケターとして培った第六感のようなものがあったのかもしれない。

「ヒットする商品って、自分自身がとことん惚れ込んで開発したものなんです。言われて仕方なく作ったものはたいてい失敗する(笑)。こんなすばらしい食材がある場所でおいしいワインを作ったら、自分も楽しいし、絶対にイケると思いました」

こう書くと、直感と熱い思いだけで飛び込んだように聞こえるが、実は佐々木さんは着任前の半年間、とある経営塾に参加している。そこで、「自分は何のため、誰のためにワイナリーをやりたいのか」を徹底的に考え抜き、言葉に落とし込んだという。本を読み、セミナーを受講し、合宿にも参加。それだけの勉強と準備をしたうえで、満を持して南三陸へやってきたのだった。

当然その覚悟は、受け入れる側にも伝わる。スタートでつまずいていたワインプロジェクトのテコ入れは、阿部さんのみならず半信半疑の町民が多かった。佐々木さんは最初の半年間、まずはマイナスイメージを払しょくすることに専念し、地道な活動で信頼を取り戻していった。それを可能にしたのは、言葉というより態度だったようだ。

「自分は決してコミュニケーションが得意な方じゃないんです。でも目指すところは明確に定まっていたので、それを会う人ごとに正直に伝え、行動に移していっただけ」

その姿を見ていた阿部さんは言う。

「やっぱり態度で見せるのは大事だよ。知らない土地に来て、一人で突っ張っても何もできないでしょ。夢はあっていいけれど、独りよがりでは成功しません。どんな小さいことでも、賛同して応援してくれる人がいれば一緒に喜べる。それが次につながる。だから、何か始めようと思ったらまず良き理解者を得ることかな」

その阿部さんは、佐々木さんにとってまさに「最大の応援者」だ。何かあったらいつも相談できる。ときには言うべきこともちゃんと言ってくれる。驚いたことに佐々木さんは、「大きな会社で新しいコンセプトの商品企画を通すより、ワイナリーを立ち上げる方がよほどやりやすかったですよ」と言って笑った。

「だって、これだけ協力者がいますから。もちろん起業にはリスクも苦労も伴いますが、ブレない軸を持ち、その意志を正直に周囲へ伝えていけば、必ず応援してくれる人は出てきます」

ポテンシャルの高いワインツーリズム、
三陸を一大ブドウ産地に

誕生からまだ間もない南三陸ワイナリーだが、佐々木さんはもう30年先を見据えている。日本でワインが飲まれるようになったといっても、まだ国内酒類消費量の4パーセント程度にすぎない。食中酒としてまだまだ伸びしろがあるという。

また、昨今は安価な輸入ワインも増えているが、国産との大きな違いは「産地を訪れて生産者に会えるかどうか」だと佐々木さんは強調する。実際にブドウ畑へ行き、造り手の話を聞き、その土地の食材とともに楽しむのがワインツーリズム。その推進は、地域の食産業全体のレベルアップにもつながる。

現在、佐々木さんは町内外で4千本余りのブドウを自社栽培するが、これからは契約栽培農家を増やすため、希望者を支援していきたいという。

「ブドウ栽培を始める人が増えれば、三陸沿岸部が一大ブドウ産地になる可能性だってあるんです。ただ、ブドウは野菜のように植えてすぐ収穫はできません。一大産地になれるのは30年後かもしれないし50年かかるかもしれない。でも、その可能性があると信じてやり続けることが、地域のためになると思っています」

阿部さんが続ける。

「地方には新しい産業をつくることが必要。私はここでずっと農業をやってきたけど、高齢化や廃業で仲間がどんどんいなくなっていくんです。三陸というと水産が脚光を浴びますが、海と山はつながっている。里山の生業が衰退したら海の豊かさを守れません。昔は葉タバコや養蚕という一大産業がありました。それに代わる新しい可能性が、果樹栽培であり、ワイン用ブドウだと思う。ワイナリーをひとつの柱として雇用が生まれ、新しい循環が生まれることを期待しています」

そういう阿部さん自身は、「俺は日本酒党」だと笑う。一方、海中熟成ワインで協働する漁師たちにはワインに親しんだ30代の若手も多いという。特産牡蠣と組み合わせたPRにも積極的に協力してくれているそうだ。ワインが地元の日常に溶け込む日は、そう遠くないのかもしれない。

30年後、この畑のブドウの木々はどこまで大きくなっているだろうか。その頃、南三陸が国内外から人を集めるワインツーリズムのメッカになっていることを願う。

(2021年8月取材)

農家

阿部 博之さん

Hiroyuki ABE

1958年、南三陸町入谷地区生まれ。江戸時代から続く農家の11代目として、コメづくり、リンゴなどの果樹栽培、および和牛飼育を手掛ける。大震災後、「南三陸農工房」を立ち上げ、農業体験やボランティアを積極的に受け入れてきた。若手就農希望者の支援と同時に、耕作放棄地の活用、新しい作物生産への挑戦などを通じた地域振興に心を砕く。2015年、仙台市にオープンした秋保ワイナリーへシードル用のリンゴを提供した縁で、ワイン用ブドウの木100本を寄贈され、自らの畑に植樹。南三陸ワインプロジェクトのきっかけをつくる。地域のハブ的存在の一人。

南三陸ワイナリー株式会社 代表取締役

佐々木 道彦さん

Michihiko SASAKI

1973年、大阪府生まれ。静岡県浜松市の大手メーカーで長年、新規事業開発に携わる。大震災直後、ボランティアで東北を訪れたことがきっかけで、2014年に仙台市内の企業へ転職、移住。仕事を通じて知ったワインの魅力を被災地復興に生かすことを志し、南三陸ワインプロジェクトに参加。2019年2月、南三陸ワイナリー株式会社を設立。2020年10月、醸造所にレストランとショップを併設した「南三陸ワイナリー」をオープン。ブドウ栽培から醸造、マーケティングまで一貫して手掛け、地域全体を巻き込んだワインツーリズムの確立を目指す。

ライター

中川雅美

神奈川県出身。東京の外資系企業数社で20年以上、翻訳・編集・広報・コーポレートブランディングの仕事に携わったのち、2014年初から福島県へ。当時、福島第一原発事故で全町避難中だった浪江町役場の広報支援に入る。任期終了後も福島県に残り、現在は福島市を拠点にフリーのライター/コピーライター/広報アドバイザーとして活動中。