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Ocv-VIN 369店長

海野 健児さん

Kenji KAINO

6坪のトレーラーハウスから始める遊び心いっぱいのまちづくり

南三陸町志津川の市街地で、大人も子どもも、誰もが楽しく過ごせる場所をつくりたいと、昨年パルクール施設を併設したバー『Oct-VIN(オクトヴァン)369』を無事オープンさせた海野健児さん。しかしそこに至るまでには、計画の根本的な見直し、コロナウイルス感染拡大など、様々な困難があったという。海野さんはどんな想いで南三陸町で飲食店を始めようと思ったのか、そして、どうやって困難を乗り越えてきたのか、お話を伺った。

南三陸の素材を活かし、いままでの南三陸で味わえない料理を提供する

南三陸町の市街地を回っていると、目が覚めるような青色をしたトレーラーハウスが目に留まる。中に入ると、店内は外の鮮やかさとは一転、ナチュラル系の内装で落ち着いた雰囲気。カウンター席の向こう側には洋酒がずらりと並び、お酒好きにはたまらない景色だ。

店名は『Oct-VIN(オクトヴァン)369』。お店の名物でもあるたこ焼きのたこの英名(octopus)と、ワインの仏名(vin)に、南三陸を数字で表した369を組み合わせた。

現在はたこ焼きだけでも数種類、他にも自家製ハムやソーセージなど様々なメニューが提供されている。食材はほとんど南三陸町産で、この町の食の豊かさを感じられるのも嬉しい。

「南三陸町には海鮮だけでなく、お肉も野菜も、たくさんの美味しい食材があります。知り合いの方が収穫した野菜を持ってきてくれて、それがメニューになるなんてことも。四季折々色々な食材を楽しめるのもとても魅力的です。自家製ソーセージに使っているお肉も入谷で育てられている豚を使っています。」

想像しただけで笑顔になってしまう魅力的なメニューだが、このお店の魅力は料理だけではない。店の隣にある敷地には、子どもが遊べるパルクール施設が設置され、食事だけでなくスポーツも楽しむことができる。

「南三陸町では外で子どもたちが遊ぶ姿をほとんど見られなくって。震災もあって、子どもたちの安全を守るためということもあると思うんですが、そもそも子どもの遊び場が少ないなと感じたんです。だから、子どもたちが自由に思い思いの楽しみ方をできるようなパルクール施設をつくりました。今はコロナ禍でなかなか大勢の人に楽しんでもらうことはできませんが、ここでイベントを開催した時や、スーパーの待ち時間に、子どもたちが遊んで過ごしてくれているのを見るだけでもつくってよかったなと思います。」

月に1度は町内外の飲食店経営者らに声をかけ、町内ではあまり見かけない料理も楽しめるキッチンカーイベントを主催している。パルクールにも言えるが、この町で過ごす人が新しい刺激を感じたり、素直に楽しいと思える場所をつくることが海野さんのゴールなのだろうか。

「南三陸町に来たとき、夜に飲みに行ける場所があればなあと思ったんです。町外に出て観光したり楽しい時間を過ごすこともできるけど、やっぱり近場に楽しい場所があることって、この町にいたいなと思う大事なポイントなんじゃないかなって。」

前途多難、一度は南三陸町を
離れることも考えた

素敵なお店を構える海野さんだが、ここに至るまでの道のりは、順調とは言えないものだった。もともと知り合いの建築家がとあるトレーラーハウスを使わせてくれるという話があり、それで移動できるお店を開こうと考えていた海野さん。町にトレーラーハウスを運び入れ、さあ準備を進めようというときに、宮城県の条例では基礎を打たなければ飲食店経営できないことが判明した。基礎を打ってしまっては、当初のイメージとは遠く離れたお店になってしまう。

「それを使うつもりでこの町に来たので、ショックは大きかったです。その知り合いはやっぱり移動できる店舗としてトレーラーハウスを使いたかったので、別の場所でやらないかと誘われもして、南三陸町を出るという選択肢もありました。」

「けれど、縁あって南三陸町に来たわけだし、店舗だって土地だって、まだ代替案の可能性を検討し尽くしたわけじゃない。まだ何もしていないうちにできないって決めることはしたくないなと思ったから、とにかくやれるだけやることに決めたんです。」

自分の想いを受け止め、
応援してくれる町の人が力をくれた

Iターン移住者で、いちから人脈を作らなければいけなかった海野さんが町内で自分の活動を理解してもらうにはより一層努力が必要だった。店舗もすぐに構えられない自分を知ってもらうため、積極的に町内のイベントに参加するなど、町の人とコミュニケーションをとり続けていた。

「自分を知らない人からしたら、誰この人?何してんの?って感じだと思うんです。町に来てすぐ、黙っていても受け入れてはくれないなと感じて。でもこっちが伝えればきっと分かってくれると思うし、そうしたら状況も変わっていくと思って腹をくくりました。」

アパレル店で販売員の経験がある海野さん。自ら話しかけにいくことや、相手が興味を持ってくれるような話し方をするのは得意分野だ。そうして少しずつ築き上げてきた町の人との関係性があったからこそ、苦境に立たされた海野さんの背中を、町の人たちは後押ししてくれた。

「お店楽しみにしているよとか、やるだけやってみたらいいんだ、と地元の人に言ってもらえたことはすごく力になって。こうして応援してくれる人もいるし、お世話になった人もいるし、やっぱりこの町でやろうと思いました。いざオープンしてみると、こんなにちゃんとしたものができると思わなかった、とか言われたりしたんですけど、いい意味で期待を裏切れてよかったかなと思っています(笑)」

揺らいだっていい、ブレない軸をもって
全力で楽しいことをする

自分の想いを発信し続けたことで、応援してくれる味方が増え、無事開業するに至った海野さん。いま店がある土地も、海野さんのような使い方をしたい人がいるならと、借りることができるようになった場所だという。そして開業した後も、たくさんの人が店を訪れ、変わらず海野さんの味方でいてくれている。

「土地も決まって、ちょうどいいトレーラーハウスも見つかって。タイヤも外して基礎も打つことにはなりましたけど、コストが抑えられるのでスモールスタートしやすいし、冷暖房もしっかりしているのでやっぱりいいですね。」

「オープン後はいままでお世話になった人、関わった人が全員この店を訪れてくれました。協力隊の仲間はもちろん、その関係者や食材を提供してくれる生産者さん、これまでに知り合った方々みんなが来てくださっています。」

『Oct-VIN(オクトヴァン)369』がオープンしたのは昨年10月。コロナ禍の真っ只中だ。何度も緊急事態宣言が発令され、特にアルコールを提供する店としては相当な打撃だっただろう。

「融資を受ける話も、一旦時期をみたほうがいいんじゃないかと言われたりしました。でも終わりがみえるようなものじゃないし、こういう非常事態でもいいものは残っていくし、そうでないものはなくなっていく。だから自分がいいと思う方向性を信じて挑戦してみようと決心したんです。」

苦境のなかのオープンだったが、テイクアウトや新規メニューの開発など工夫を重ね、なんとか10月で開業1周年を迎えることができた。

「やっぱりこの時期だからお店に来てくれるのは本当にありがたくて、だからその気持ちを料理で伝えています。値引きはしないんですけど、おまけをするんです(笑)新メニューの研究中だからって食べてもらったり、あとは一度来たお客さんの好き嫌いやアレルギーは忘れないので、好きなものをおまけしたりとか。」

「この1年やってきて、色々なことがわかったので、それを活かしてこれからも試行錯誤していこうと思います。お店を始める前は、こうであるべきという意識に捉われていたところもあったんですが、いまは、軸は変えずにあとは楽しくやっていけばいいんだ、と思えるようになったのがよかったなと思います。」

コロナ禍により柔軟な対応を余儀なくされたことはかえって、自分がやりたいことを楽しむことを思い出させてくれたのかもしれない。『Oct-VIN(オクトヴァン)369』がこれからどんな進化を遂げていくのか楽しみだ。

「これからもし南三陸町に来る人がいたら、あまり重く考えずやってみるのが1番だと思います。もしここが合わなければ別の場所を探せばいいし、やっぱりここがいいなと思ったら戻ってくればいい。そんな気持ちで大丈夫なんです。」

「あとは、周りにすぐに受け入れてもらえないようなことでも、自分が面白いと思うことを面白いと言い切れることが大事。必ず面白がってくれる人はいるし、そういう人たちの力を借りて自分もここまで来れました。大変なことももちろんあるし、気持ちが揺らいだり変化することもある。でも自分は、この町の人が楽しく過ごせる居場所のような場所をつくるという軸をブラさずに、これからも楽しくやっていきたいと思っています。

店舗はいずれ、この町の若者に継いでもらえたらと語る。それも、『Oct-VIN(オクトヴァン)369』が長くこの町で続いていくためだ。海野さんがまいた種はどのように成長し、次の世代に引き継がれていくのだろう。次に訪れたとき、この場所がどんな変化を遂げているのか、この目で見るのが待ち遠しい。

(2021年9月取材)

Ocv-VIN 369店長

海野 健児さん

Kenji KAINO

1978年、北海道小樽市出身。アパレル店や飲食店勤務を経て、2018年に地域おこし協力隊として南三陸に移住。約2年間の準備期間を終えて、2020年10月に『Oct-VIN(オクトヴァン)369』をオープンした。トレーラーハウスを使用した店舗を市街地に構え、南三陸町産のたこを使用したたこ焼きとワインを中心としたメニューを提供。飲食店経営だけでなく、隣の敷地では子どもの遊び場となるパルクール施設(パルクールとは、壁・階段などの街並みにある環境や、森・岩・川など自然にある環境、または人工的に設置した障害物を使用して、登ったり跳ねたりしながら移動していくスポーツ)も運営している。

ライター

小泉晴香

青森県出身。大学在学中に南三陸町の企業でインターンを経験。また、貧困家庭の子どもを対象とした学習支援やストリートチルドレンの教育支援などのボランティア活動に励む。現在は、一人ひとりの得意や好きを引き出す障害福祉のソーシャルベンチャーにて、マネジメント業務やインターン募集・社員インタビューなどの広報業務等に携わっている。