一般社団法人サスティナビリティセンター 代表理事
Akihiro DAZAI
未曾有の震災から立ち上がり、持続可能なまちづくりを目指した南三陸町は、海と山でそれぞれ国際認証を取得するなど、世界でも例を見ない自治体として注目を集めている。そんな南三陸のまちづくりのキーマンが、南三陸で海洋調査や人材育成・コンサルティングを行う一般社団法人サスティナビリティセンター代表理事の太齋彰浩さんだ。研究職出身というバックボーンを生かし、地域の底上げのために「科学的思考」を地域住民が自然と実践できるようになるために挑戦している。震災前から南三陸町に移住して20年。その夢の果ては、「この町に大学を作ること」。唯一無二の地域づくりへの思いを伺った。
東日本大震災で壊滅的な被害を受けた南三陸町。そこから立ち上がった町民は、「循環」「持続可能」をキーワードにした世界に誇れるまちづくりに挑戦している。
森では、環境や生物多様性に配慮しながら、持続可能な林業を目指すFSC®︎国際認証を宮城県で初めて取得。
里では、家庭や店舗から出る生ゴミを分別回収し、タンクで発酵させることで、バイオガスと液体肥料に変えるバイオガス施設を導入。バイオガスは発電に使われ、液体肥料は、地元の農家さんによって、お米や野菜の栽培に活用されている。海では、震災前の過密養殖を改め、牡蠣の養殖棚を3分の1に抑えるという大転換を敢行。収穫まで3年かかっていた牡蠣が1年で収穫できるようになる、という漁場改革を実現。日本で初めて、ASC国際認証を取得した。
そんな世界に誇れる南三陸のまちづくりのキーマンが、一般社団法人サスティナビリティセンターの太齋彰浩さんだ。
太齋さんが南三陸町(旧志津川町)にやってきたのは2000年のこと。大学時代から海に没頭し、民間の研究所で研究生活を送っていたところ、恩師から声がかかって南三陸行きを決断した。その先というのが、自然環境活用センター(通称:ネイチャーセンター)だった。町営の研究・教育機関で、研究者が直接立ち上げから運営に関わっている事例は全国的にみても希少。「研究者だけが集う場ではなく、地域に開かれた場としてさまざまな企画を行っていた」と話す太齋さん。調査研究を行うだけではなく、小学生から大人まで楽しめる「海藻おしば講座」「スノーケリング教室」「磯観察ツアー」など、さまざまな環境教育プログラムや、「エコツアーマスター養成講座」などの人材育成も行っていた。
「もちろん企画運営をしていくなかで、山と海がつながっているという意識はあったが、実際に山に携わる人との関係性という意味では薄かった」と話す太齋さん。
転機となったのは東日本大震災。自然環境活用センターは津波により屋上まで浸水。志津川湾の生態研究成果のデータ、標本、機材などのほぼ全てを失ってしまった。 水産資源が壊滅的な被害を受けた町にあっては、残された資源である「山」に自然と目が向けられるようになっていった。
「林業家や製材所の方と向き合って話を聞いていくなかで、森の大切さを実感し、研究者が入ることによって森と海の関係が具体的に浮かびあがってきた」
その対話が、森里海の自然資源、そして人々の暮らしが関わり合いながら持続することを目指す、町のバイオマス産業都市構想の礎となっていった。そして当時町職員だった太齋さんが中心となってその構想を具現化していった。南三陸が震災後10年かけて歩んできた循環型のまちづくり。国際認証の取得など、成果が見え始めているが、町民や観光客には十分にその取り組みが伝わっていない現状がある。そんな課題を解決するために、太齋さんらが企画しているのが、南三陸の恵みを味わい、学び、楽しむ新たな観光イベント「里海里山ウィークス2021」。
「里海里山の匠人(スペシャリスト)に会いに行こう!」というテーマのもと、南三陸杉材の参加者バッジを購入し、南三陸町の地域をめぐると、匠人の地域での環境に配慮した取り組みを見学・体験できる。
例えば、南三陸ワイナリーでは、ワインを楽しめるだけではなく、ワインができる過程で生まれるぶどうの搾りかすを羊の飼料や畑の肥料として活用していることを教えてもらえる。事業者にとっては当たり前にやっている環境活動も実は知られていないことが多い。
「南三陸ではSDGsよりも先んじて実践していることがあるということを、町民にも観光客にも知ってもらって、その取り組みをさらに推進していきたい」
こうしたイベントを企画する背景には、科学的思考を日常に取り入れることが地域の底上げにつながる、という太齋さんの想いがある。「科学的なものの見方をみんなができるようになること。感覚とか勘に頼るだけではなく、誰もが論理的に考えて行動を決めることができるようになることは、地域にとって大切なこと。漁師さんが論理的に考えて手をうつってことが普通の町になったらいいなって」
それは簡単な道ではないことは、太齋さん自身が一番身に染みている。一次産業が主体の地方では、感覚で物事が動いていくことも多い。太齋さん自身もそれ自体が悪だとは思っていない。しかし、持続可能な生業や暮らしをしていくためには論理的な思考が欠かせないという。
「例えば海の調査をして様々なデータをとっていくと、数十年後に同じ養殖ができるかというと、そうではないということが自明になる。そうなったときに、次の世代や、次の次の世代のことを見据えて、どのように変革をしていくのか、が問われてくる」
サスティナビリティセンターでは「いのちめぐるまち推進協議会」の事務局として、森里海のそれぞれのプレーヤーが交流する場をつくっている。ASC認証牡蠣の分析データをもとにブランド化について議論したり、いのちめぐるまちの将来像を描くワークショップを開催するなどの機会をつくっている。また、南三陸をフィールドにして行われた様々な調査結果を町民と共有する勉強会「サスティナビリティ学講座」を開催。研究者と協働しながら地域の姿を正しく、深く理解して、そこから論理的なアプローチで課題解決や資源発掘を目指している。ともすると地域が一番苦手かもしれないロジカルシンキングにアプローチをし続けている。
「この町でならできるのではないかという可能性を感じている。何よりもこれまで循環型のまちづくりを共に推進してきた仲間がいること。それが大きい」そんな仲間とともに、実現させたい野望を太齋さんは口にする。
「この地に大学を作りたい」
専門知識や技術といった高度な「実践力」と、幅広い教養で新たなモノやサービスを生み出す豊かな「創造力」を育む専門職大学。2019年にスタートした新しい学校制度だ。インターンシップや課外実習など、産業や地域との結びつきの強い授業を展開し、各業界に精通した人材を育成することを目的にしている。
太齋さんらサスティナビリティセンターと、起業支援や人材育成を手掛ける株式会社ESCCAは、大学生のインターンシップの受入のコーディネート、伴走を行ってきた経験がある。課題を抱える企業の課題解決を考えながら、地域にコミットするインターンシッププログラムに、全国から大学生が集まり、成果をあげてきた。
「その経験から、大学生が地域の企業に入ることで、企業も変わるし、大学生も成長する姿を幾度となく見てきた。大学を作ることによって、それが常駐として実現できるのではないか。それを求める学生も多いのではないか?」と話す。
大学ができれば、よりいっそう研究者が集まり、科学的知見に立った地域産業のあり方が見えてくる。企業や自治体が実践した事例を大学生が学び、地方自治体などに就職していけば、様々な地域が良くなる。もちろん実現に向けてのハードルは高い。しかし、太齋さんはこのように続ける。
「なんとか5年くらいで実現できないかなと考えている。話をしていかないと具現化しない。だから最近方々でこの話をしているんだ」
全国から研究者が集った町営の研究所、未曾有の大災害からの復興で取り組んだ持続可能なまちづくり、大学生が企業の課題解決に挑戦するインターンシップ、そして町民と観光客が南三陸の環境への取り組みを知ることができるイベント週間。それらは太齋さんがこの町で取り組む最終目標と掲げる「大学設立」に向けた布石なのかもしれない。
「動き出せば、きっとおもしろいことがある」と話す太齋さん。
そう、この町の可能性はまだまだある。ワクワクする未来が、動き出した先にきっと。
一般社団法人サスティナビリティセンター 代表理事
Akihiro DAZAI