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合同会社でんでんむしカンパニー 代表社員

中村 未來さん

Miku NAKAMURA

人、食、自然、この町の暮らしと魅力を伝えたい

南三陸町の払川地区にある「みんなでつくった小さな宿のん」の宿主である中村未來さん。宿の魅力は、町の豊かな食材を使用した食事や藍染体験を楽しみながら、ゆったりと流れる時間を過ごせること。民泊施設であるため、「小さな宿のん」は未來さんの生活の場でもあり、ここで過ごす時間はまるごと未來さんの暮らしを体感することになる。「たくさんの人と出会うことが自分らしい暮らし方の選択をするヒントになる」と語る未來さんにお話を伺った。

町の魅力をまるごと伝える小さな宿のん

南三陸町の市街地からどんどんと山へ向かっていき、峠を越えた先に払川地区はある。周囲は森で囲まれ、10軒ほどの家がまばらに立ち並んでいる光景と漂う空気は、南三陸町の他の地域とは違って感じる。

「物件を見にはじめて払川にやって来たとき、ここの空気感や雰囲気が自分をまあるく包み込んでくれるような感覚がしました。建物自体は痛みが進んでいて大変な改修になることは想像できたけれど、ちゃんとお金と時間と労力をかければ建築物はどうにかできる。でも周りの環境はそうはいかない。それで払川に身を置きたい感情を最優先させ、この空き家を改修しようと思いました。」

「小さな宿のん」は2階建ての一軒家。100年以上前に建てられた古民家を6年かけて改修し、民泊施設に生まれ変わらせた。玄関の戸を開けると、吹き抜けで広々としたエントランススペースがお出迎えしてくれる。目線の先にはみんなで食事をとったり、未來さんとおしゃべりしながら過ごせるリビングがある。

「この町で過ごしていくうちに、私自身がこの町すごく好きになりました。それで、私が好きなこの町のことをどうしたら伝えられるんだろうと考えたときに、旅先で出会った素敵な宿のことを思い出したんです。」

「宿泊施設は食を通して地域の魅力を伝えることができるし、滞在時間が長いのでこの町の時間の流れも味わってもらえたり、宿泊者の方とおしゃべりすることで魅力を伝えられると思いました。」

「小さな宿のん」は民泊施設として現在営業しているので、食事作りは宿泊者も一緒におこなう。食事で南三陸町産の美味しい食材を味わうことができるのはもちろん、料理をしながら「この野菜は○○さんがお裾分けしてくれて」「この魚は○○で獲れたもので」などお話を聞くことで、食卓に並ぶ食材の向こう側の世界を知ることができ、よりおいしさを堪能できる。何だか町で暮らす人の生活や温かさまで伝わってくるようだ。

「まずは美味しい食。もともと宮城の日本酒が好きで、お酒が楽しめるのも嬉しいし、海のもの山のもの美味しい食材が食べられます。そして綺麗な景色。海の色が毎日こんなに変わるんだということを南三陸町に来てはじめて知りました。でも海だけじゃなくて山や里の風景もあって。」

「あとは人の魅力。震災で大切な人を亡くしたり、想像しえない辛い経験をしたにもかかわらず、前を向いてこの町を取り戻そうとするエネルギーに私自身もパワーをもらいました。はじめは1年ほどの滞在にしようと考えていたんですが、自分もそういうエネルギーがある人のもとにいたいと思い、この町に長く住むようになったんです。」

学生時代から、自殺率の増加や空き家問題などの社会課題に強い関心があったという未來さん。設計時代には多忙を極める生活のなかで、自身が心身のバランスを崩すこともあった。そんな生活を大阪で送る最中に東北で起きた東日本大震災。被災地ボランティアとして当時出会った人々の力になりたいと、東北に活動の場を移した。

しかし、南三陸町で出会ったのは、想像に反してエネルギッシュに前を向く人々。自殺という選択をしなくてもいいような、そんな生き方を誰もができるようになってほしい。心を込めて建てられ、誰かの生活を支えた建築物を大切に使いたい。そんな想いがエネルギー溢れる町の人との出会いや、自然とともにしなやかに暮らす町の人の姿に刺激を受けて、町の魅力を伝え、居心地の良い時間を過ごしてもらえるような古民家宿をつくることを決断した。

自然に逆らわずしなやかに暮らしていくなかで、自分らしい生き方を見つけたい

未來さんが営むのは宿だけではない。宿から少し歩いた場所には藍の畑があり、そこで栽培した藍をお茶にしたり、藍染めの製品にして販売している。藍は朝に収穫し、そばにある小川で洗った後に、葉摘み、天日干しを行い、お茶や藍染めの染料に加工する。できあがった染料に染め布を浸し、藍の色を染み込ませたあと染料を落とすのにも近くの小川を使う。小川は澄み切っていて、暑い日差しの中でもキンキンに冷えている。

「近くに川が流れていて水が綺麗で豊富なので、藍を育てたり染めるのにはぴったりの場所だなと思います。この場所でよかったなと思わせられますね。

未來さんの藍畑があるのは払川地区の中央。作業をしていると声をかけられることもしばしばだという。頂き物や新物の藍茶を娘さんと一緒に配って歩けば家に招かれお茶をしたり、宿の外で作業をしていたら声をかけられて野菜をもらえばお返しをしたり。つかず離れず、ちょうどいい距離感のなかで、未來さんの活動を温かく見守ってくれる方々がたくさんいる。

「このあたりに住む人たちは、自然相手に畑仕事をしていたり、作業に必要なものを自分で作ったり、仕事と生活の境界線がないような暮らしをしていて。そうやって季節の移ろいのなかで自然とともに生きている姿が、私には強く、素敵に映ります。」

そう話す未來さんの暮らしも、自然の移ろいのなかで仕事と生活が混ざり合ったスタイルだ。民泊事業をおこなっていることもあり、生活の場が職場でもある。また、藍の作業はお天気次第、自然とうまく付き合っていくことも欠かせない。

「意識しているわけじゃないですが、仕事も好きだけれど、暮らしを丁寧に紡ぎたいという気持ちもあるので、自然に混ざりあっているように思います。季節によって変わる払川の景色を感じたり、藍の栽培では自然と向き合う必要もあるので、天気のご機嫌を伺っていたらこんな風になりますね(笑)」

「人間は自然にはかないません。自然に逆らうことなく、その移ろいと一緒にしなやかに暮らす。そんな先輩方が周りにいるので、見習って私も薪を拾ったり、道具は自分で作ってみたりしています。知恵や工夫や技を絞って、自分たちの力で生きていくことってすごいことですよね。」

急激な変化を繰り返し、せわしなく変わっていく社会から、未來さんは少しだけ距離をおいて、ゆったりとした時間のなかを過ごしているように感じた。ただ、自分の理想のライフスタイルをつかむのにはまだまだ時間がかかりそうだという。

「社会の早い時の刻み方が今の自分には合っていないから、その動きに翻弄されず、今目の前にあるこの暮らしを大切にしていきたいなあと思います。自宅(兼宿)の敷地内に生えているミョウガを収穫して瓶詰にして保存したり、娘と一緒に収穫をしてみたり。そんなことが豊かだなと思うんです。」

「けどまだ自分のペースは掴みきれていないような感じで、娘もいて自分がやりたいようにできないこともあるし、やりたいこともたくさんあるので、それにどうやって折り合いをつけながら暮らしていくか、探っているところですね。」

大きな自然災害に遭いながらも、前を向き力強く生きる人。人間にはかなうことのできない自然の力を借りながら自然とともに生きる人。社会の時間の流れとは違うゆっくりとした時間の中を生きる人。南三陸町へ来てたくさんの人と出会い、それぞれの人の暮らし方を知っていきながら、未來さん自身に合った暮らしの形がみえてきた。

「もしこの町に来る人がいたら、たくさんの人に会って、色んな暮らし方や生き方を知ってほしいです。自然の力を借りて働く仕事がこの町には多いから、どうやって自然と一緒に生きていくのかとか知れるかな。色んな暮らし方や生き方に直接触れることが、自分の選択肢を増やしたり、ヒントになったりすると思います。」

誰もが心地よく生きていけるための、
ヒントのような存在になりたい

「小さな宿のん」は2021年7月にオープンしたばかり。現在は、これまで改修の手伝いをしてくれた方々や知り合いから、少しずつ声をかけ宿泊してもらっている。藍畑は徐々に規模を拡大し、今年になって広い畑に移したところだ。彼女はこれから、この事業をどのように育てていきたいと考えているのだろう。

「最終的には、誰もが心地よく生きていける社会になればいいなと思っています。これまでは、定時で働いて、土日は休んで、という枠の中で当たり前にみんな働いていたけれど、それが合わない人もいて。だから、多様な価値観や考え方の人が、それぞれに自分に合った選択をできるような社会であってほしいと思います。」

「ライフスタイルを自分自身でいちから作り出すのは大変で、色んな選択肢に触れるなかで自分に合ったものが見つかっていくんじゃないかなと思うんです。だから、私はそんな選択肢のひとつとして、こんな暮らし方もあるんだよと示せるようになりたい。そうして、その人の選択の後押しができたらなと思います。」

古民家を改修した宿を経営することや、藍の栽培と商品販売をすることは、あくまで未來さんが心地よいと思う暮らしを実現するための手段だ。社会や周りの人に流されず自分のペースで日々を大切に暮らすこと、ローカルな地で若者が暮らすということ、子育てをしながら会社を運営するということ、彼女一人に会っただけでもこれだけのライフスタイルを知ることができるだろう。

取材中、娘さんのペースに巻き込まれてうまく自分のペースをつかめず奮闘中であることをとても楽しそうにお話されているのが印象的だった。生きていくには家族をはじめ、他者との関わりは切っても切り離せない。そんななかで、自分の納得いく暮らしを実現することは案外難しいことである。その難しさを素直に難しいと話し、自分にとって居心地のいい暮らしとは何かという問いに真摯に向き合う未來さんの姿に、何だか勇気づけられたような気がした。

「自分一人で会社をやっていくんだから経営を学ぼうと思って、塾に参加したこともありました。会社を大きくしたいという人が多くて、一時は自分もそうしなければいけないのかなと悩んだんですけど、それって自分には合わないなって気づいて。社会を大きく変えるとかそんなことは考えず、小さく持続可能なことをやっていきたいなと思っています。」

未來さんが営む「小さな宿のん」は、「のんびり」「のんき」「のんべい」という言葉からきている(未來さんは大のお酒好きだ)。外界とは異なる時間の流れのなかで、美味しいお酒と食事を楽しみながら、自分の生き方を探求する未來さんの生き方に触れることは、きっと出会った人のこれからの人生の選択のヒントとなるだろう。

(2021年9月取材)

合同会社でんでんむしカンパニー 代表社員

中村 未來 さん

Miku NAKAMURA

1987年、東京都生まれ。大学時代に環境学と建築学を学び、卒業後は大阪にある設計事務所に就職。2011年の東日本大震災で被災地にボランティアとして赴き、東北との接点が生まれる。2012年10月に復興応援隊として南三陸町観光協会に就職。民泊の推進や教育旅行の営業・受け入れおこなった。任期中から古民家改修や藍の栽培に取り組み始め、任期満了後の2016年から地域おこし協力隊として活動を開始した。協力隊の活動を卒業後も南三陸町に残り、2021年7月に「小さな宿のん」をオープンした。

ライター

小泉晴香

青森県出身。大学在学中に南三陸町の企業でインターンを経験。また、貧困家庭の子どもを対象とした学習支援やストリートチルドレンの教育支援などのボランティア活動に励む。現在は、一人ひとりの得意や好きを引き出す障害福祉のソーシャルベンチャーにて、インターン募集や社員インタビューなどの広報業務等に携わっている。